宇宙エネルギーは「両方あってひとつ」

日常で整える“受け取る力”と“選ぶ力”

こんにちは。
エネルギー調整セラピストの、
かんまにです。

今日は『宇宙のエネルギー』についてお話します。

宇宙というと、壮大で、わたし達に関係ないように感じるかもしれません。
ですが、目の前に映っている世界も、すべて宇宙なのです。

そんなわたし達と宇宙の関わりについて、仏教とエネルギーの関係性からお話を進めていきます。

もしあなたが今、日常の中で

  • 朝起きたばかりにもかかわらず、何かに急かされているようで、胸の奥がそわそわして落ち着かない
  • SNSやニュースの情報に気持ちを引っ張られ、本当に大切なやるべきことが後回しになる
  • 職場や家庭で他人の意見や表情に左右され、自分の考えやペースが崩れてしまう

そんな状態にあるなら、
今回のお話はきっと役に立つでしょう。

特に今回の話は「なんでこうなっちゃうんだろう?」と原因がわからない、見えないエネルギーについての話だからです。
真言密教が大切にしてきた『両界曼荼羅』は、じつは宇宙エネルギーを“今ここ”で整えるための、非常に実践的な地図なのです。

この考え方を日常に取り入れられれば、自分と世界の“間”が穏やかに整い、無理なく動けるようになります。

逆に、そんな意識を持たずに今まで通りの考え方を変えなければ、外側の変化や人の言葉に、いつまでも揺さぶられ続ける生き方から抜け出せません。

どちらを選ぶかは、あなたの“意識の向け方”次第。

今日は、真言密教の『胎蔵界』『金剛界』という二つの曼荼羅を通して、宇宙エネルギーをどう整えていくのか、そしてそれをどう日常に活かすのかをお話しします。

密教を重視するお寺に出かけると、本堂には無数の仏さまが整然と描かれた二枚の曼荼羅が掛けられています。
宇宙の存在を「仏の集合体」として表した曼陀羅の前に立つと、空気が少し澄んで感じられます。

そして、『宇宙エネルギー』と聞くと、遥か彼方から降ってくる“特別な力”を想像しがちですが、曼荼羅を見つめていると、それが『わたしと世界の“間(あいだ)”に立ち上がる秩序』なのだと気づきます。

中央に座す大日如来は太陽(核)を意味し、万物に対してエネルギーを平等に注いでいます。
左手の胎蔵界は、あらゆるいのちを抱き育てる受容の場
右手の金剛界は、ものごとを見抜く不壊の智慧
二つは対立ではなく、『大日如来』という中心軸から発している、同じ光の別の顔なのです。

ここからは、日常の小さな場面に曼荼羅を重ねていきましょう。

最初は誰もが、曼荼羅を“難しい宗教画”として眺めます。
ですが、呼吸を深くとり、視線をやわらげると、中心から外へ、外から中心へと流れるリズムが見えるようになります。

曼荼羅を「仏画」として見る意識を外していくことで、思い込みが外れ、
『外から何かをもらう』のではなく、『内側の受容(胎蔵)と、選び抜く明晰(金剛)とのバランス』が、今この瞬間の“間”を整えていくのだということが見えてきます。

身近なことに当てはめてみましょう。

たとえば、大切な人と意見の食い違いが起こり、ケンカをしたとき。

そこには「方向性の違う二つの視点」があります。
一つは「自分の内側を深掘りしていく視点」
もう一つは「相手を見て、相手の言動を深掘りしていく視点」

この内と外に向かう視点こそが、二つの曼荼羅に描かれている世界なのです。

宇宙エネルギーや曼荼羅、密教といった言葉を難しく構えず、実際にそのエネルギーが現実世界でどのように働いているのかを読み解き、整えていくことが、エネルギー調整の最初の入口です。

日々の生活の中で、宇宙エネルギーの流れを濁らせてしまうもの…。
仏教ではこれを「三毒(さんどく)」と呼びます。

ひとつめは貪(とん)
──欲や執着。

「もっと欲しい!」
「あれもこれも手に入れなきゃ!」
と、心が外にばかり向かってしまう状態です。
たとえば、SNSを見ているうちに
「私も同じことをやらなきゃ!」
と焦りが生まれる…これが貪です。

ふたつめは瞋(じん)
──怒りや反発心。

「どうしてあの人は…」
と、感情が相手や出来事にぶつかってしまう状態です。
職場で意見が通らず、思わずきつい口調になってしまう…これが瞋です。

みっつめは痴(ち)
──無知や思い込み。

正しい状況が見えていないのに、自分の中だけで結論を出してしまう状態です。
噂話をうのみにして、人や出来事を決めつけてしまう…これが痴です。

この三毒には、
「外部から入ってくるもの」と、
「内部に入り込んで、思い込みとして蓄積され、自分で育ててしまったもの」の二種類があります。

三毒を洗い流すには、胎蔵界と金剛界、両方の力が必要です。

まずは胎蔵界
──受け入れる力。

深く息を吐き、両手をひらいて温もりを感じるだけで、心の固さがやわらぎます。

そして金剛界
──見抜く力。

背筋を伸ばし、目の前の一点をただ観察する。
形や色、光の反射…事実をそのまま見ることで、感情や思い込みから距離を取れるのです。

三毒が静まると、宇宙エネルギーは本来の澄んだ流れを取り戻し、わたし達の内側に穏やかさと明晰さが戻ってきます。

三毒が静まり、水面の濁りが消えていくと、そこには本来の澄んだ視界が現れます。
仏教では、この状態を「正見(しょうけん)」と呼びます。

それは、今まで常識として考えていたものを「偏った色メガネ」として自覚しなおし物事をあるがままに受け止め直す力です。

たとえば、職場で急に予定が変更になったとき。
以前なら「また面倒なことが…」と反射的にイライラしていたかもしれません。

でも、三毒が鎮まった心は違います。

自分の都合や沸き起こる感情は後回しにして、全体像を見渡し、
「なぜ仕事が急に変更になったのか?」
「今できる最善の行動は何なのか?」
事実を先に見て、トラブルを修正する最善策を考える余裕が生まれるのです。

このとき必要なのが
「正思惟(しょうしゆい)」
──正しく思いをめぐらすこと。

これは、相手を責めるのではなく、自分と相手の両方がより良い方向に向かうにはどうしたらいいかを考える『思考力』のことです。

それは決して優柔不断ではなく、内と外をあるがままに見つめ、
“やわらかく受け取り、はっきり選ぶ”という、胎蔵界と金剛界の両方の力を使う行為です。

曼荼羅の中心に座す大日如来は、受容と明晰をひとつにして、ただ静かに輝いています。

わたし達もまた、日常の中でこの中心に立つとき、外側の波に振り回されず、自分らしい選択ができるのです。

『正見』で物事をありのままに見直し、
『正思惟』でより良い方向を選び取ったら──
あとはそれを『行動』という形に落とし込むだけです。

仏教では、この段階を『正業(しょうごう)』と呼びます。
“正しい”といっても、立派なことや特別なことをする必要はありません。

今この瞬間に、自分ができる最善の行動を選び、それを実行することです。

たとえば…

  • めんどくさいを理由に放置していた大事な書類を一枚ずつ片づけていく
  • 気になっていたけど、忙しさから後回しにしていた健康診断の予約を入れる
  • ケンカをしてしまった相手に、気持ちを切り替えて、一言最後に「ありがとう」を伝えて締め括る

どれも小さな行為ですが、『正見』と『正思惟』の上に乗った行動は、必ず良い方向へと流れを変えます。

そして、この小さな行動を続けることが「精進(しょうじん)」です。
精進とは、がむしゃらに頑張ることではなく、必要なコトを、ただ静かに淡々と続け、片付けていくことです。

曼荼羅の中心に座す大日如来のように、焦らず、揺らがず、一歩ずつ進みます。

宇宙のエネルギーとは、これらの『思い』や『考え』、『働き』などを指していて、壮大な出来事ではなく、この日々の積み重ねにこそ響き、美しい曼荼羅を描いているのです。

最小の一歩を重ねるたびに、胎蔵界(受容)と金剛界(明晰)のバランスは整い、三毒は浄化され、心の中心はより穏やかで澄んだ場所へと近づいていきます。

大きな変化を望まなくてかまいません。
今日一日から始める、小さなことを一つだけで良いのです。
あなたの最小の一歩を、今この瞬間に選んでみませんか?

宇宙エネルギーは、どこか遠くから降ってくる特別な力ではなく、
わたし達と世界の“間”にいつも流れています。

胎蔵界(受容)と金剛界(明晰)の二つの力を意識し、
三毒を静め、正しく見て、正しく思い、正しく行動する。

その小さな積み重ねこそが、外の出来事に揺さぶられない、
自分らしい生き方を形づくっていきます。

あなたの魂は
──言葉にならない感覚で、
いつも深く語りかけています。

その声に耳を傾けることを
意識してみませんか?

エネルギー調整セラピスト
かんまに